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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(行ツ)133号 判決 1981年4月28日

上告人 株式会社渋谷西村総本店

被上告人 渋谷税務署長

訴訟代理人 鈴木実

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小林辰重の上告理由について

本件各更正処分及び過少申告加算税賦課決定の取消しを求める訴をいずれも不適法とした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解せず又は独自の見解を前提として原判決を非難するものであつて、いずれも採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺田治郎 環昌一 横井大三 伊藤正己)

上告理由

第一点原審の判決には理由不備、審理不尽の違法があり破棄を免れない。

1 原審確定の事実 <略>

2 本訴において、被上告人は本案前の抗弁として適法な不服申立の前置を経ていないと主張した。

原審は被上告人の主張をいれ、上告人の本訴は適法な不服申立を経ていないものとして却下した第一審の判決を維持した。(第一審判決の理由を引用)

しかして原審は本件各処分当時、前記青色申告取消について係争中であり、後に右処分が取消されたとしても通則法第七七条一項の適用があり被上告人の本件各処分は同条項所定の期間経過により確定した。したがつて青色申告取消処分が取消されたとしても本件各処分が当然に瑕疵あるものとはならず被上告人に取消の義務は生じないと判示した。しかしながら法人税の青色申告に対し取消処分があると当該事業年度以降既に青色申告したものまでも、青色申告以外の申告とみなされてしまうのである。(法人税法第百二十七条一項)

しかるに課税庁の青色申告取消がありこれに対し納税者が不服の申立をし、勝訴した場合には、既に白色申告とみなされたものに全然影響がなく、課税庁に取消の義務も生じないとする結論は片手落ちも茜だしいというべきである。

本訴の場合、本件各処分がなされた当時被上告人の青色申告取消処分について係争中であるところ、被上告人は右処分が有効であるとの前提ないし条件として本件各処分をしたのである。しかるにその後右処分は違法であると判明し、被上告人自ら取消したにもかかわらず右取消は本件各処分に対し何ら関係がなく、被上告人に何らの義務も生じないとするならば被上告人の青色申告取消は、はじめから有効と確定していたも同然である。上告人(一般の納税者も同様であろう)は青色申告取消そのものだけを問題にしていたのではなく取消の結果、法によりみなされ、或は事実上発生した実質的な租税法律関係における不利益の排除を求めたのである。

上告人は、青色申告取消の場合に対応し、その取消処分が違法として排除されたときは既に白色申告としてなされたものも、青色申告とみなさるべきものだと思料する。

しかして被上告人の本件各処分も青色申告に対する更正処分としてその適否が論ぜられるべきである。けだし上告人が前記二事業年度につき白色申告をしたのは自己の意思で取止め(法人税法第百二十八条)たのではなく被上告人の取消処分に因るものだからである。

原審の判示が是とされるならば、納税者は課税庁の青色申告取消に瑕疵があり不服の申立をしても、取消を前提としてなされたその後の処分に影響がないというのであるから右不服の申立は時間と労力の浪費に過ぎず、それ位ならば取消処分後一年して再度の青色申告の承認を申請すれば事足りるのである。

しかし右のような解釈は課税庁の独断、無責任な行為を容認する結果となるので納税者としては到底承服し難いところである。

原審は簡単に被上告人の青色申告取消と本件各処分は別箇の行為としているが、そうではなくて以上述べたように、上告人の青色申告、被上告人の青色申告の取消、上告人の右取消に対する不服申立と白色申告、被上告人の本件各処分と青色申告取消の取消とは密接な関係にありこれをかえりみない原審の判示は理由不備というべきである。

3 次に原審は、本件各処分は前記の如く不服申立の期間経過により確定し不可争になつたと判示する。

上告人は後述のように本件各処分が確定したとは考えないのであり、仮に確定したとしても全く不可争になつたとは思えないのである。

民事訴訟において確定した終局判決に対し一定の事由があるときは再審が申立てられる。これは右事由を看過するときは当事者にとり過酷な結果となり法の根本理念たる正義衡平の原則に反することになるからである。

行政処分と判決とはその性質が異り同一に論じられないが、右理念は行政処分においても尊重されなければならない。民事訴訟法第四二〇条一項八号には申立の一事由として「判決の基礎となつた民事若しくは刑事その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたとき」と規定されている。いま右法意を本件各処分にあてはめると次の如くになり、上告人の本訴における主張が明確になると信ずる。

被上告人が本件各処分をするに当つては、青色申告取消処分があつたからこそ、それを前提又は基礎として、帳薄書類を調査(法人税法第百三十条一項)せず、また更正の通知書に理由附記(同法同条二項)をしないで処分したのである。

しかるに右取消処分が後に、すなわち申立期間後に被上告人自らの処分により変更(取消)されたのであるから、本件各処分に対し右取消処分を除外して再度その適否が判定されねばならない。

通則法には再審にあたる制度がないので上告人は同法第七七条四項を根拠として被上告人に対し本件各処分に対する再度の判断、取消を求めたのである。

したがつて上告人の被上告人に対する異議申立は、通常の場合と異り通則法第七七条一、三項の適用ではまかなえない事案である。

しかるに原審は、上告人の右申立を、何ら問題のない白色申告に対する更正処分についての異議申立と同視しているのであり、この点審理不尽というほかはない。

4 原審(第一審)判決は、上告人は本件各処分に対し所定の期間内に異議の申立てをしておけばよかつたと批難する。この理でいくと被上告人の青色申告取消など全く無視して、あくまで自己の主張を貫いておくべきであり、そうしないと、つまり課税庁の処分にうつかり従うと救済されないことになる。

しかし実務上、税務署長は一度青色申告を取消すと爾後、納税者に対し白色申告用紙(甲第二号証、三号証)を送付し、これを使用しないときは申告を拒否するとの態度に出るのである。税務署長の右行為を無視し、自ら青色申告用紙を買い求め、強引に青色申告を続行することは一般の納税者のよくするところではなく、そのようにせよというのは無理な話である。上告人は右の点について、原審の昭和五三年四月二七日付準備書面(第三)をもつて、税務争訟の実務家の記述を援用して詳細に陳述したところである。上告人は被上告人の青色申告取消に対し不服を申立てる一方、爾後の申告については被上告人の勧告(甲第二号証、同三号証の送付)に従い白色申告をしたのである。後日右青色申告取消が違法と判定されたときは、被上告人は当然その非を改めるものと期待し、それまでは被上告人の処分に従つたのである。(行政処分の公定法の尊重)

上告人の右行為は普通の納税者が普通にする行為であり咎められる筋合ではない。

咎めらるべきは、違法処分をしながら、それから発生した不合理、不利益な結果をかえりみない被上告人の態度である。

なお被上告人は白色申告としての異議申立ができたではないかというが、これは顧りみて他をいうものであるばかりでなく、そもそも白色申告では帳薄書類の調査をせず、更正の理由も分らないのであるから異議申立が極めて困難でありこれをもつて青色申告の異議申立の代用にすればよかつたとは虫のよい理屈である。

5 以上の次第で原判決には理由不備、審理不尽がある。

第二点原審の判決には法律の解釈、適用に誤りがあるから破棄さるべきである。

1 通則法第七七条四項

上告人は本件各処分の通知を昭和四六年六月三〇日頃にうけた。しかし被上告人に対する異議申立は昭和五〇年六月九日である。

上告人の右申立が本件各処分から四年後になつたのは既述のとおり、被上告人のした青色申告取消処分が違法であると判明し被上告人が昭和四九年一〇月一日になつて右取消処分を職権で取消したことによる。

すなわち本件各処分後三年を経過してようやく上告人は、はじめから青色申告法人であることが確認されたのである。そこで上告人は被上告人に対し本件各処分は青色申告に対する更正処分としての要件を欠いていることが明白であるから取消すよう請求したが、被上告人が応じないのでやむを得ず異議申立をしたのである。

不服申立期間については右の事情により通則法第七七条四項にいう正当な理由があるので本件各処分後一年を経過しても適法であると主張した。(したがつて本件各処分は未だ確定していない。)

被上告人は右申立は二月の申立期間を経過しているとして却下し原審もまたこれを維持した。

原審(第一審の理由引用)は前記条項に対し、要するに上告人の如く、処分の通知をうけ、しかも二月の申立期間が処分後一年以内に到来する場合は適用なしと判断した。すなわち処分のあつたことを知らず、しかも知らなかつたことに正当な理由がある場合に限つて四項の適用があり、上告人の場合は、同条三項の問題にすぎないところこれにも該当しないとした。

しかしながら原審のようにのみ、四項を解釈し適用しなければならない文理上の根拠はなく、また実際上、処分を知つた場合でもなおその適用を認むべき事案がある。知つたというのは現実に了知した場合のほか処分の通知が社会通念上、了知できると認められる客観的状態におかれた場合も含むものであるから、例えば本人が海外にいて家人が通知をうけとつた場合或は本人が未成年者で不服申立期間後に裁判所で後見人が選任された場合などいづれも四項の適用がないとすると不合理にして納税者に酷な結果となる。

通則法第七七条の規定は課税処分の早期確定と納税者の権利救済の調和をはかるため設けられたのに、天災その他やむを得ない場合を除き、処分を知つた以上期間経過の一事をもつてすべての異議申立を否定するのは、課税処分の早期確定のみに奉仕し納税者の権利救済をかえりみないことになり、ひいては憲法第三二条の裁判を受ける権利の侵害となるのである。

そこで同条四項は処分後一年を経過し、また処分の知、不知にかかわらず正当な理由がある場合は異議の申立を認めたものであると解すべきである。そうして社会通念に照らし正当理由の有無を判定して申立の適否を決定すればよいのである。処分の知、不知という不確定の事実を標準とせず綜合的、合理的に判断すべきことを規定したものと理解すべきであり、知、不知は右の判断の一資料とすれば足りるのである。

ところで上告人の場合、正当な理由があるかどうかであるがここで同条六項の規定の趣旨が参照さるべきである。

右条項は課税庁が誤つて法定の期間より長い期間を教示した場合にその教示された期間内になされた不服申立は法定の期間内になされた適法な申立とみなされたのである。

課税庁の教示に従つたことをやむを得ない理由又は正当な理由があると認めることになつている。(志場喜徳郎外三名国税通則法精解六八二頁)

上告人の場合は期間の問題ではないが、被上告人の誤つた青色申告取消処分に従い白色申告をしてしまつたのであるから、右条項にならい、正当な理由があるので適法な、青色申告としての異議申立と認められるべきである。けだし誤つた教示に従つた場合と誤つた処分に従つた場合とを異別に扱うべき合理的な理由はないからである。

要するに通則法第七七条四項は期間徒過だけの理由で異議申立を却下すると条理に反し、税務行政上、公正と認め難い結果になる場合の救済規定と解すべきである。(再審の規定と類似の機能を認むべきことは既に述べた)

右条項に関する原審の解釈、適用は、「……税務行政の公正なる運用を図り、もつて国民の納税義務の適正かつ円滑なる履行に資することを目的」としている通則法(第一条)の趣旨に反する解釈であり結論である。

2 通則法第七七条三項

原審は前記の如く、上告人の異議申立については通則法第七七条四項の適用がなく、同条三項のやむを得ない理由による期間徒過にも該当しないとした。すなわち右三項は期間徒過につき納税者の責に帰し得ない客観的事由がある場合であるところ、上告人の異議申立については客観的事由のない主観的な意図による期間徒過であるとして斥けた。

しかし上告人は第一審以来、本件の申立は単なる白色申告に対する更正処分に関する異議申立ではなく、前述のとおり、被上告人のした青色申告取消処分の取消により確認された青色申告法人としての申立であると主張してきたのである。

そうすると上告人が処分後二月以内にできず昭和五〇年六月九日に至つてはじめて青色申告の異議申立をしたのは、被上告人の右取消処分があつたためであつて、自己の責に帰し得ない客観的事由に基因するものである。

よつて上告人の期間徒過は同条三項のやむを得ない理由にも該当するというべきである。

原審は右条項の適用を誤つている。

3 行政事件訴訟法第八条二項三号

上告人は原審において仮に適法な不服申立手続を経ていなくとも、本訴提起につき行政事件訴訟法第八条二項三号の正当な理由があると主張したのであるが、原審(第一審)は上告人に正当な理由があるとしても同法第一四条一項所定の期間を徒過しているから不適法であると却下した。

しかし上告人は既に述べたように、被上告人に対し異議申立、国税不服審判所長に対し審査請求をしているのである。

もつとも右申立及び請求は期間徒世及び適法な申立がないとして却下の決定及び裁決があつた。

しかしこれも既に述べたように、正当な理由があるので本来は適法なものとして審理さるべきものが誤つて却下されたのである。

同法第八条二項三号「その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」というのは右のような適法な申立(形式上は期間徒過で不適法)が誤つて却下された場合をも含め、直接処分取消の訴提起を認めた規定と解すべきである。

原審は右条項の解釈適用を誤つている。

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